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京都地方裁判所 昭和60年(わ)651号 判決

本籍

京都市伏見区下鳥羽上三栖町三一番地の一

住居

右同所

会社役員

荒木信一

大正一一年九月一九日生

本籍

京都市伏見区下鳥羽上三栖町三一番地の一

住居

右同所

無職

荒木ヒサノ

大正一四年一一月一二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき当裁判所は検察官山田廸弘出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人荒木ヒサノを懲役一〇月に

同荒木信一を罰金一四〇〇万円に

各処する。

右罰金を完納しないときは、金二万五〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人荒木信一を労役場に留置する。

被告人荒木ヒサノについては、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人荒木信一、同荒木ヒサノは、被告人荒木信一がその所有する京都市伏見区下鳥羽澱女町二〇番一外一筆の田及び同区下鳥羽上三栖町三番外一筆の山林を昭和五九年六月四日二億五、〇〇〇万円で売却したことに関して、右譲渡にかかる所得税を免れようと企て、全日本同和会京都府・市連合会会長鈴木元動丸及び同連合会事務局長長谷部純夫らと共謀の上、被告人荒木信一の実際の五九年分分離課税の長期譲渡所得金額は、二億三、四〇三万九、〇〇〇円、総合課税の総所得(不動産所得、給与所得)金額は六一三万三、八九〇円で、これに対する所得税額は七、二四一万九、〇〇〇円であるにもかかわらず、株式会社ワールドが有限会社同和産業(代表取締役鈴木元動丸)から三億円の借入れをし、その債務について荒木信一が連帯保証人となり、右ワールドが破産したことから、右連帯保証債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で同年六月二〇日に二億二、〇〇〇万円を履行したが、右ワールドに対する求償不能により同額の損害を被った旨仮装するなどした上、同六〇年三月九日、京都市伏見区鑓屋町所在所轄伏見税務署において、同署長に対し、荒木信一の五九年分分離課税の長期譲渡所得金額は一、四三三万九、〇〇〇円、総合課税の総所得金額は六一三万三、八九〇円で、これに対する所得税額は三六六万九、五〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右の正規の所得税額七、二四一万九、〇〇〇円との差額六、八七四万九、五〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人らの当公判廷における各供述

一  被告人荒木信一の検察官に対する供述調書(検第11 12号)

一  同荒木ヒサノの検察官に対する供述調書(検第14ないし19号)

一  証人笹本弘及び同原田実の当公判廷における各供述

一  田代和子、鈴木元動丸及び長谷部純夫の検察官に対する各供述調書(謄本)

一  中島健次の検察官に対する供述調書

一  笹本弘の検察官に対する供述調書(検第4号)

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(検第1号)及び証明書(検第20号)

一  「昭和四十三年一月三十日以降大阪国税局長と解同中央本部及び大企連との確認事項」等と題する書面(写、検第21号)

一  「昭和五九年の所得税の確定額」と題する書面(写、検第22号)

一  所得税確定申告書(写、検第23号)

一  領収証(写、検第24号)

一  所得税確定申告書及び譲渡内容についてのお尋ね兼計算書(写、検第25号)

(補足説明)

被告人ら及び弁護人は、被告人らは顧問税理士の笹本弘のすすめに応じて本件所得税申告手続を同人に依頼し、すべてを同人に任せていたもので、その申告内容も承知しておらず、本件について脱税の故意ならびにこれが違法であることの認識がなかった旨主張しているので、以下検討してみる。

まず、前掲各証拠によれば、被告人らは、被告人荒木信一(以下「信一」という)が判示のように土地を代金二億五〇〇〇万円で売却譲渡した際、取引先の銀行員や右笹本税理士から、その売却に伴い信一が納付すべき正規の所得税は約七〇〇〇万円(地方税を含めると九〇〇〇万円から一億円)になる旨教えられていたこと、その後、被告人らは、昭和六〇年一月知り合いの不動産業者大島三郎らから「自分達の知っている団体に税金の申告を頼めば、正規の税額の半分で済む。正規の税額の半分を協力金として渡すと、その中から税金も納めてもらって全部済む」との話をもちかけられ、その話が余りにも好都合なものであるところから、脱税になるのではないかと危惧したものの、大島らに「これまでたくさんお世話しているけれど、いまだかって誰一人税務署から調査を受けた人はないし、脱税であげられた人もない」と言われ、同人らにその申告手続を依頼することにしていたとこは、同年二月一二日ころ右の話をききつけた被告人荒木ヒサノ(以下「ヒサノ」という)の実兄中島健次より「土地を売った税金は正しく納めないかん、税金が半分になるようなそんなうまい話はあるはずがない、やめといた方がええ、税務署では五年前までさかのぼって調べるので、いつまでも不安な気持でおらんならん、悪いことしていると摘発されるぞ」と厳しく注意され、被告人らも同人のいうことが尤もと考え、これに従い大島らに依頼することを断ったこと、ところが、被告人らは、同月二〇日ころ、今度は前記笹本税理士から「自分が自民党系の同和会の人を知っている。本当の税金の半額を同和会にカンパ金として出しておけば、同和会が税金の申告をしてくれ、その分は他の申告と別扱いになっていて税務署の調査はない」と言われ、これが先に大島らから持ちかけられた話と同様のものであると思いながらも、税理士からのすすめであるとの安心感もあって、これに応じることとし、前記中島健次には何も相談することなく、同税理士を通じ同和会に本件所得税申告手続を依頼したこと、被告人らは、その後、信一が代表取締役をしている株式会社三王鉄工の事務員原田実を通じて笹本税理士より「申告を同年三月九日にするので、同和会に支払うカンパ金三三四〇万円を同月八日までに用意して欲しい。また所得税は三二〇万円になる」旨の連絡を受け、信一は驚いてヒサノに対し「税金がえらい少ないな、どうなっているのやろ」と不安の念を示したが、結局、笹本の指示どおり額面三三四〇万円の小切手を同人に交付して同和会を通じて判示のように申告書を提出し、同月二〇日更に笹本に対しその謝礼として三〇〇万円を渡していることが認められる。

右認定事実を総合すれば、被告人らは、本件申告手続を同和会に依頼したことにより、その関係者から何らかの不正な手段で信一の判示不動産売却に伴う課税所得の過少申告がなされ、その結果脱税することになることを十分承知していたことは明らかであり、ただ、笹本税理士からの説明を信用していた被告人らとしては、税務当局からの調査がないのでこれが発覚することはないものと考えていたに過ぎなかったものと認めるのが相当である。

このことは、租税法律主義の下にある我が国において、特定の団体にいわゆるカンパ金として正規の税額の半分を支払い、その団体を通じて税金の申告をすれば、誰でも税金が軽減される(本件では、被告人らの認識によれば正規の税額は約七〇〇〇万円であるが、同和会を通じて申告することにより、予定税額を含めてもその僅か五・三%にも満たない額に軽減されるというもの)というような不合理な運用が常識上あり得る筈がなく、通常人であればかかる税額の軽減には、必ず何らかの不正な手段が用いられているとみるべきであることからいっても当然である。

以上のとおりであるから、被告人らに脱税の故意ならびに違法の認識がなかったとする主張は到底採用できない。

(法令の適用)

被告人荒木信一の判示所為 刑法六〇条、所得税法二三八条一項

同荒木ヒサノの判示所為 刑法六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項

刑の選択 被告人荒木信一につき罰金刑(所得税法二三八条二項適用)、同荒木ヒサノにつき懲役刑

労役場留置 被告人荒木信一につき刑法一八条

執行猶予 同荒木ヒサノにつき同法二五条一項

(裁判長裁判官 長崎裕次 裁判官 松丸伸一郎 裁判官 源孝治)

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